柚木麻子さん『BUTTER』| つられて たらこパスタを食べました

柚木麻子「BUTTER」
柚木麻子さん「BUTTER」

久々読書の話題📚

柚木麻子さんの『BUTTER』を読みました。

面白かった。次の本へはなかなか移る気になれないこの余韻、久しぶりです。ただ、読み終えた後の疲労感は半端ないです。身体が重くてベッドにずーんと沈んでいってる感じがする。でもそれは嫌じゃない疲労感。

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柚木麻子『BUTTER』 感想 ネタバレあり

物語の中で随所に「適量」という言葉が出てきます。私自身もちょうど「いい塩梅」って難しいな~的なことをグルグルと考えていた時期だったので、余計にこの本とのご縁を感じました。

この『BUTTER』という作品も、主人公の里佳が色んなことを経験しながら自分にとっての「適量」を見つけることの大切さに気付き、自分軸で生きていこう!と思えるようになるまでの “成長の物語” なんだと思います。


レシピを見て“適量”って書いてあると、私も えぇ…他のレシピ探そっと😑 って思うタイプ。笑

レシピのことに限らず、スススッと指を動かせばすぐに答えを教えてもらえる世の中で、自力で手探りで“適量”を探す体力・気力が湧いてこないというのか。トライ&エラーの“エラー”を恐れる気持ちも理解できます。

昔、祖母が「味付けなんて適当でいいんだよ」といって目分量で味付けしていたのを思い出した。「私の口が大人になってもちゃんと味を覚えているから、習わなくたって大丈夫だよ」って言ってた。子供の私は、習わなくても一発で作れるようになるのか!と、すご~い☆と思っていましたが、“トライ&エラー” を繰り返しながら自分の口が覚えている味に近づけていけるから大丈夫だよ、って意味だったんだな~って時を経て理解しました。


でも、“適量” を見つけたとしてもそれは一つではないし、とても流動的ですからね。だから難しい。

私は森田剛が大好き(当ブログは9割方そうゆう内容です。)で、森田剛に対して「絶妙」という表現をよく使いますが、これは、受け取る側にとってたまたま“適量だった”ってことなんですよね。受け手が私だからこそなのです!(←) 受け手が違えば過多にも過少にもなる。また、たとえ受け手が私でも、時と場合によって過多にも過少にもなる。“適量”とは実に不確かなものなのです。

 

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男性を喜ばせるのはとても楽しいこと。

女は男の力には決して敵わない。
違いを認めサポートする側に回れば自由で豊かな時間が待っている。

仕事だの自立だのにあくせくするから満たされない。
男の人を凌駕してはいけない。
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カジマナのこれらの言葉に頭をハンマーで殴られたみたいな衝撃を受けました。

公の人が公の場で発言すれば、男尊女卑だ!と大炎上にもなりかねないような、ちょっと今の時代にはそぐわない、言ってみれば“古い”価値観なのに、なんか一周回って“最先端”に思えた。里佳と同じように私もカジマナのペースに飲み込まれかけていました。

女らしいとか男らしいとか、そんなのなくそう!ってなった結果、男も女も求められるものが多くなりすぎて生き辛い。この本は女性の生き辛さについてたくさん書かれているから、女性が読めば、上手く言葉にできずにいた心の内を代弁してもらったようなスッキリ感が味わえますが、男性が読んだらどんな感想を抱くんだろう、ってちょっと気になる。

 

ここ最近は、努力して出した結果よりも、日々いかに努力しているかがその人の質になるようになってきたと思わない?

なるほどな~って思った、里佳のセリフ☝

過程が評価されるようになりすぎて、「努力すること」と「辛いこと」が混同し、辛い人=エライみたいになっている…って話が印象深かった。

昔、雑誌で剛くんが「ダンスが好きだから一生懸命になる。別に無理して努力しているわけじゃない。」って言ってたのを思い出しました。「♪頑張るまえに夢中でいたいだけさ」(本気がいっぱい・V6)でありたいですね。

 

里佳の恋人・誠は「努力ハラスメント」ですね。こうやって人にも強要してくるのは努力と辛いがごっちゃになってる何よりの証拠だと思う。

でも一方で、誠の頑張らなきゃ!って無駄に自分にプレッシャーかけちゃう気持ちも分かります。繰り返しの日々に「わたし去年より何か成長している部分あるのかな?」って焦ったり、一日中ひたすらダラダラしてたな~なんて日は夕方くらいから罪悪感みたいなのが湧いてきたり。笑

カジマナが言うみたいに「好きな時に好きなものだけを好きなだけ食べる」みたいな生き方がいつでもできればいいのにな。あ、でも食べることに関してはカジマナの生き方をしていたら短命に終わりそうだけど。

 

里佳の大学時代からの親友・怜子の言動には途中何度も「ひぇ~~!」って背筋がゾゾっとしましたが(笑) 独りよがりで、生真面目で、なんだか自分も怜子のこと言えない部分がある気がしている。

「どんな私になれば、落ち着いて深く呼吸ができるようになるんだろう。」っていう怜子の言葉はグサッときたな。他人と比べて足りていないものではなく、自分が持っているものに目を向けないとダメですよね。肩の力抜いてもっと自分を認めて生きていきたいものです。

 

アルバイトの有羽と2人で七面鳥の材料を買い出しに行くシーンが好き。

カジマナの反撃に遭いバッシングを受ける里佳に「口にしないだけで先輩の味方はいっぱいいる」って激励する有羽ちゃんいい子。里佳の七面鳥のお誘いLINEに速攻で返信してくるのも、心配していて力になりたいと思っていたんでしょうね。優しさがいい塩梅です◎ どうでもいい話ですが、私はこの“有羽(ユウ)ちゃん”の読み方が分からず最後まで“アバちゃん”って読んでいました🤣 最初に1回読み仮名振るだけじゃ忘れるよ。(本当にどうでもいい話。笑)

後輩の北村も有羽ちゃんも、愛想のある感じではないけど、裏表なくて人を思いやる心もきちんと持っていて、いい子たちですよね。里佳より若い2人だけど、すでに自分の適量を知っていて無理せず生きている2人に見える。好きです。北村も里佳から見たら「早く帰ることだけを目標としたやる気を出さない冷めた後輩」に見えるかもしれないけれど、北村は北村の適量で働いているし、やる気もきっとあると思う。

里佳の4つ下が北村。有羽ちゃんは大学4年生。そうゆう世代の彼らが適量で頑張りすぎない生き方をしている所に時代が変わりつつあることへの希望が持てますね。

 

いやしかし、カジマナの手のひら返しは怖かったな。

彼女は一体いつから里佳を裏切ることを考えてんでしょうね。七面鳥の真実に辿り着かれたからかな。対等な関係の同性との友情を里佳に求めていた一方で、いざその状況になると屈辱で苦痛だったのでしょうか。というか、“里佳に友情を求めている”と思っている時点で、もうすでにカジマナの手の上で転がされているのかもしれないですね。

自分の弱くてみっともない部分も仲間にさらけ出して立ち直っていった里佳と、結局それができずに“主観”の中で永遠に生きていくであろうカジマナ。


結局、カジマナの犯行の詳細については突き詰めてはおりませんが、私は里佳が辿り着いた答え、『誰のことも直接は手にかけていない』が真実なんだと思います。(カジマナもYESと言った) 殺意も本人が言っていた通りそこまではなかったのだと思う。ただ、相手がものすごいダメージを受けることは確実に分かっていて突き放しただけ。(“だけ”だなんて言えないけど)

カジマナはきっと、これからも人を裏切り傷付けて生きていくんでしょうね。獄中結婚した男性もきっとそう遠くない将来、明確な意思を持ってどん底に突き落とされるんだと思う。

 

でも里佳は違います。立ち直った。

新たにカジマナに関する連載を始めることになった里佳、突き落したのに再び這い上がって来た里佳を見て、これまで自分の思い通りに人を操って来たカジマナはどんな感情を抱くのでしょう。個人的には、カジマナがどんどん調子狂わされていく様子が読みたいな。里佳が反撃してカジマナに勝利するところが見たい。

立ち直りつつあるとはいえ、里佳に戻ってきた「日常」は今までのそれとは全く違うもの。でもそれは失くしたものばかりではなく新たに得たものもあるから、まあまあのハッピーエンドだったのだと思います。

 

“断食を免除される人”の話が面白かったな。“誤って断食を破ってしまった人”ってユルさが好き。「できる人がやればいい」これはとても素敵な言葉だと思います。

たらこパスタの描写を読んでいたら私も猛烈に食べたくなって食べました。でもバターたっぷりですぐ胃もたれ。笑 その昔、ホームステイをしていた時にホストマザーが毎日バターたっぷりの美味しい料理を出してくれて、あれよあれよという間に過去最大級の自分になったことを思い出しました。笑

 

私も里佳みたいに「駆け込み寺」のような場所を提供できる人になりたいけど、そんな甲斐性ないな~😂

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